治療費未払の患者を医療機関は診療拒絶できるか(結論:原則不可だが拒絶できる場合もある)

通院している患者さんが治療費を支払わないまま帰ってしまい再度診察を希望して来院することや,入院している患者さんの入院治療費が未払のまま入院が継続することがあります。

このような場合,医療機関はどのような対応がとれるのでしょうか。

一般的な事業所であれば断ることには問題がなさそうですが,医療機関はそのようにはいきません。

医師法19条は,「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」として応召義務が定められています。この応召義務の定めにより,患者から診察の求めがあったら,正当な理由がない限り,医師は診察を拒否できません。

つまり,原則として医師は患者の求めに応じて診察をしなければならないのです。

では,医師が診察を拒絶できる「正当な事由」とは何でしょうか。

厚生省(現在の厚生労働省)が昭和24年に出した通達では,「何が正当な事由であるかは,それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきである。」として,以下の具体的事由をあげています。

①医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。
②診療時間を制限している場合であっても,これを理由として急施を要する患者の診療を拒むことは許されない。
③特定人例えば特定の場所に勤務する人々のみの診療に従事する医師又は歯科医師であっても,緊急の治療を要する患者がある場合において,その近辺に他の診療に従事する医師又は歯科医師が
いない場合には,診療の求めに応じなければならない。
④天候の不良等も,事実上往診の不可能な場合を除いては,正当の事由には該当しない。
⑤医師が自己の標榜する診療科名以外の診療科に属する疾病について診療を求められた場合も,患者がこれを了承する場合は一応正当の理由と認め得るが,了承しないで依然診療を求めるときは,応急の措置その他できるだけの範囲のことをしなければならない。

また厚生省(現在の厚生労働省)が昭和30年に出した通達では,「「正当な事由」のある場合とは,医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる。」との見解を示しています。

さらに,平成30年の厚生労働省の通達では,「正当な事由とは,医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られるのであって,入院による加療が必要であるにもかかわらず,入院に際し,身元保証人等がいないことのみを理由に,医師が患者の入院を拒否することは医師法第19条第1項に抵触する」としています(医療現場でのクレーム・トラブルQ&A16ページ)。

全体的に見てなかなか厳しい通達で,単なる不払いで診察を拒絶したり,強制退院させることはできないように考えられます。

この点,昭和30年の厚生労働省の通達について厳しすぎてとりえない解釈だと批判する書籍もあります(医師法125ページ)。

とはいえ①通達が裁判実務でも一つの基準となり得ること,②応召義務は患者保護の側面をも有するので,医師が診療拒否したことによってよって損害が患者に生じた場合には,医師に過失があるとの一応の推定がなされ,診察拒否に正当事由がある等の反証がない限り,医師は賠償責任を負うとした裁判例(神戸地裁平成4.6.30)の存在,③応召義務違反が医師免許の問題に発展しかねないこと(医道審議会の決定に基づく行政処分の恐れ)という問題点があるため,そうそう安易に「正当事由がある」と言うことは危険かと思います。

前述した昭和24年通達において,「①医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。」とされていることから,単なる不払いでは診療拒絶をすることができず,その金額の大小や不払いの理由について悪質性があるか否か等,総合的に判断して正当事由があるとして診療拒絶できる場合も限定的ながらあり得るということになります。

とはいえ限定的な場合に限られてくることから,医療機関としては診療拒絶という形を取るのではなく,何らかの方法で治療費の未払が発生しないように法的な手当をしておくべきかと考えます。