相続人間で相続に争いがある場合に債務者は供託できるか(結論:供託はできない)

相続人の範囲がはっきりしていて,各相続人の所在も判明しているが,相続人間で具体的な相続金額について争いがある場合に,債務者は誰にいくら払えばよいのか,または供託してしまったほうがよいのでしょうか。

例として,相続人が2人(各法定相続分は2分の1),被相続人の債務者は契約代金200万円を被相続人に払う予定であった場合を考えます。

相続人間で寄与分や特別受益に争いがあり,具体的な相続金額が定まっていない場合に,債務者としてはどのようにすればよいのか迷うと思います。

このとき,相続人各人への支払額が不明であるとして,債権者不確知を理由とする供託ができるようにも思えますが,これは法務局が供託の受付をしてくれません。

理由としては,相続人の範囲が明確であれば法定相続分の算定はでき,かつ所在も判明していれば履行の提供も可能であるため,債権者不確知の要件に該当しないためです。

この点,このような場合に供託ができると記述している弁護士の記事もあるようですが,法務局の実務上不可能なので,誤りということになります。

なお,受領拒絶の場合には供託はできますが,前記の場合には法定相続分の2分の1である100万円を拒絶した部分についてのみ供託することができ,受領をした相続人の部分については供託することはできません(なお二人とも受領拒絶をした場合には二件の供託が必要になる)。

法定相続分での履行の提供があれば,他の相続人から法定相続分よりも実際の相続金額が少ないと言われている相続人は受取をしてしまうでしょうから,他方相続人は受領拒絶したり供託してもらう意味はないということになります。

このような場合には,遺産分割調停の申立を行い,遺産分割調停申立事件を本案として財産の管理人選任の申立を行い,財産の保全をすることになります(家事事件における保全処分の実務と書式111ページ)。

今年もよろしくお願いします&第二東京弁護士会の研修講師をやりました

遅くなってしまいましたが,今年もよろしくお願いします。

年末年始に裁判所の予定が減る分,1月中旬は予定が多くなりがちですね。

さて,19日に第二東京弁護士会で研修講師をしてきました。

研修なのでレジュメも作成しています。

docs.google.com

ガジェットリストは以下の通りです。

初めて閲覧していただく方のために,これまでのYouTube配信分のデータもそのまま残しています。

docs.google.com

ぱぱっと事務所の参考写真も研修中に紹介しましたが,画面も小さく表示時間も短かったので,写真を掲載しておきます。

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相談スペースと執務スペースを区切って,必要な機材はおおむね一角に集中させています。

電話はハンズフリー対応です。電話機を持たなくすることで腕の疲れがなくなり,それだけで電話に対するハードルが下がります。人間は意外と目的とする動作ではなく,その周辺的な動作や環境が原因でハードルが上がることがあるので,環境や方法を見直すことは有益です。

それと文房具は座ったままですべて手が届くところに置いています。立ったり座ったり移動したりする工数はできるだけ減らしています。

書籍もほぼデジタル化しているので,執務机で完結する環境です。

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書類はスキャンしてそのままパンチを開けたり廃棄したりするので,プリンターを含めた紙関係を集約しています。

デジタルカレンダーを二ヶ月分かならず表示していますが,来月の予定まで見える化しておくと締め切りに間に合わないということがなくなります。手元のパソコンで一ヶ月のみ表示だと,わざわざカレンダーをひらかなければならないとか,来月の予定が月明けにならないとわからなくて締め切りに余裕がなくなるとか弊害が大きいので,常に表示させる媒体を設置しています。

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Web会議システムはほぼ仕様が固まっています。

先日,大阪家庭裁判所の手続きで使用しましたが,快適に使用することができました。

不用品を処分したり片付けて整理するよう心がけているので,ガジェットを買いはしますが,それなりに整頓はできているのではないかと思います。

DASUNG Paperlike253を購入したのでレビュー

DASUNG Paperlike253の概要

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DASUNG Paperlike253は,E-inkモニターを使用した大型パソコン用モニターになります。

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https://dasung-tech.myshopify.com/products/dasung-25-3-e-ink-monitor-paperlike-253より引用

E-inkとはなんぞや?という方はリンク先の説明をご覧ください。

jp.eink.com

画面上に黒い電子インクを表示させたりさせなかったりすることで,文字や画像を表示させることのできるデバイスです。

今のところ,国内では試用レビューしかなく(オフィスで使えるE Inkの25.3型ディスプレイ、DASUNG「Paperlike 253」を試す),日常的継続的に使用した結果をまとめた記事はこの記事が初出かと思います。

DASUNG Paperlike253は普通の液晶モニターと何が違うのか

DASUNG Paperlike253でも文字や画像を表示させられる点では,液晶と同じです。

液晶モニターは画面を発光させることで表示を行っていますが,E-inkモニターは黒い電子インクで表示を行っているので画面が発光しません。基本的に反射光で人間は読み取ることになります。

液晶モニターは,誤解を恐れずに言えば光の弱いLED蛍光灯を見続けているようなものです。太陽や強い光を直視することは避けるべきですが,発光している液晶モニターを見続けるのは程度の違いはあれ発光体を直視していることには変わりがないので,できるだけ避けた方がいい行為ではあります。

E-inkモニターは,モニターが発光していません。紙にインクで書かれた文字や画像を読むのと同じように,反射光で読み取りをすることになります。

液晶モニターは画面が発光しているため目に刺激が続くことになりますが,E-inkモニターは反射光で読み取るので紙の本や原稿・新聞を読むのと同じで目への刺激が液晶モニターと比べて劇的に少ないのが利点です。

また,画面が発光せず,書き換えがあった部分だけ電子インクが変更され,書き換えない部分は電気を消費せずに表示され続けるため(紙と同じく電子インクが残っている限り表示され続ける),電気使用量が液晶モニターと比べてかなり低下します。当事務所でもモニター入れ替え後にだいぶ電気料金が下がりましたが,Paperlike253の本体価格を考えると残念ながら液晶モニターとの差額分を電気料金で元が取れるような状態にはならないと思われます。

それとE-inkモニターは電子インクを電気的に制御するのに時間がかかる関係で,液晶モニターと比べて画面の書き換え速度が遅くなります。これまでは書き換え速度の遅さが問題でパソコン用モニターとしては不向きでしたが,Paperlike253は後述するように実用的な書き換え速度を実現しています。

そしてカラーの表示はPaperlike253ではできません。そのためカラー画像や動画の確認が必要な場合,液晶モニターを併用することになります。

DASUNG Paperlike253をIndieGoGoで購入した

今年初めころ,DASUNGという中国の会社が大型E-inkモニターを開発しているというニュースを読み,いつになったら発売されるのだろう?と思っていたところ2021/5/25にIndieGoGoというクラウドファンディングサイトで募集が始まりました。

実物はYoutube動画で見たくらいでしたが,その当時中国では現物が販売されているという噂を聞き,プロジェクト失敗にはならないだろうと思い切って予約。

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4台買う必要はあったのか

申し込み番号は最初の申し込みが28番。多分日本国内ではもっとも早く予約したのではないかと思います。

今のところ,国内で購入した人は私以外にもう一人しか知りません。この値段の商品を見たこともなく販売された商品のレビューもなく買うのは結構勇気がいるとは思うので,仕方がないとは思いますか。

今年8月に出荷予定でしたが,なかなか出荷されず結局10月になってから出荷開始されました。

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10月下旬に4台がそろい,事務所のモニターを入れ替えしました。

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従前の環境

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Paperlike253メインに置き換え

DASUNG Paperlike253の表示品質

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PDFや一太郎,ワード,エクセルの表示はきれいにできます。

PDFではA4を2ページちょっと,ワードや一太郎でも2ページちょっと一画面で表示できるので,文書作成するときの見通しは非常に良くなります。

コントラストの変更もできるので,ボタンを触ってちょうどいい設定にすれば快適に使用できます。

画面はWindowsで表示設定を125%にしています。当初TextModeで使おうとしましたが,グレーの部分が黒になってしまって文字が地色に隠れてしまうことがあったため,現在はGraphicModeで使用しています。GraphicModeだとグレーの部分は階調表示になるので,グレー部分の文字も読めます。

また,デスクトップの背景を写真に指定すると黒い表示になってしまいます。そのため液晶は写真を背景画像に指定し,Paperlike253は白の画像を背景に指定しています。

pctextbook.com

文字の残像が少し残りますが,可読性には影響ありません。

下地に少し色が残った紙に印刷された文字を読むような感覚です。

残像が気になるときは,「C」と書かれた画面のリフレッシュボタンを押せば画面全体の残像が消えます。

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新聞みたいですね

カラー写真もすべてモノクロになるので,やはり液晶併用は必須でしょう。

DASUNG Paperlike253の画面書き換え速度

youtu.be

PDFファイルをPageDownキー押しっぱなしでスクロールさせましたが,書き換えにもたつく様子はありません。

液晶モニターと遜色ないレベルと言ってよいでしょう。

DASUNG Paperlike253で実際に入力してみる

youtu.be

文字入力をしましたが,入力に対して表示が遅れることもなく,ストレスなく入力可能です。

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一般的な液晶は60Hz(60枚/秒書き換え)

Windowsのプロパティを確認すると,毎秒40枚書き換えとなっているので,文字入力は秒速40字まで問題ないことになります。

DASUNG Paperlike253と併用する液晶モニターは31.5inc 4Kモニターが最適

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併用すべき液晶モニターですが,Paperlike253と併用して違和感がない液晶を選定する必要があります。

具体的には,画素ピッチ(一つの点(ドット)のサイズ)がほぼ同等だと,モニター間で文字のサイズが急に変わったりしないので違和感なく使えます。

計算したところ,DASUNG Paperlike253の画素ピッチは1ドットあたり0.175で,これは31.5inc 4Kモニターの画素ピッチ0.181とほとんど同じです。

31.5inc 4kモニターは各社から販売されていますが,できるだけ目に優しい機種を使用したいということで,EIZOのモニターを使用することにしました。

DASUNG Paperlike253で仕事が変わる

DASUNG Paperlike253を使用し始めて一ヶ月になりますが,仕事が終わる時点での疲れ方が劇的に変わりました。

私は目の疲れをあまり感じないほうだと思っていますが,液晶モニターを使用していたときは仕事が終わる時間にはちょっと疲れたな,という感覚がありました。平日は睡眠をとった後も少し疲れが残っていて,週末に完全回復するという感じでした。

しかし,Paperlike253を使うようになってからは,仕事終わりの時間になってもほとんど疲れを感じません。あまり疲れを感じないので,一晩寝れば疲れは完全になくなります。紙の書籍を読むのと同じなので画面のデータに集中することができ,なおかつ集中力が途切れません。集中しすぎるので時間を区切るシステムを導入したほうがよいのでは,と思うようになったくらいです。

また液晶モニターと異なり目への刺激がかなり減りました。これは確実に目の健康によい影響をもたらすことが予想されます。

そしてモノクロ表示だと,余計なことに気が散らなくなります。スマートフォンをモノクロ表示にして無駄に端末を触ってしまう時間をなくすという記事を読んだことがありますが,モノクロ表示だと仕事以外のインターネット上の記事などを読む気が実際なくなります。

問題は値段のみですが,健康器具を買ったりよくわからないサプリメントを飲むよりも間違いなく健康にいいので,健康によい器具とモニターがあわさった機械と思えば買えなくはないのかなと。

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実際高いのは理解してますよ

リンク先の海外直販サイトでは,$100オフとなっていてお買い得?かもしれません。

DASUNG 25.3" E-ink Monitor Paperlike 253dasung-tech.myshopify.com

なお海外から購入した場合,購入価格の他に,国内消費税を納付する必要があります。輸入品の消費税は輸入品価格×60%が本体価格として計算され,その額を基準に10%の消費税が加算されます。楽天・ヤフー・アマゾンから購入する場合は,消費税込みの値段で別途消費税を支払う必要はありません。

高い(特注のE-inkパネルなので現状ではどうやっても高くつく)ことはそうなのですが,集中できてかつ疲れにくいので集中できる時間が延びる,目の健康にも好影響しかないと,文章を生産することが仕事の我々のような職業向けなのは間違いありません。

これはもう使用した人間にしかわからないので,高いから買えないよねで終わってしまうとそれまでですが,購入すれば真価はすぐにわかります。

高等裁判所の家事審判に対する不服申立の期限はいつまでで効果はどのようなものか(結論:5日以内の手続が必要で,原則として執行停止の効力がない)

調停前置となっている家事事件で,調停不調となり審判に移行すると,家庭裁判所で審判となります。家庭裁判所の審判の結果に納得ができない場合,高等裁判所宛に即時抗告申立をすることとなります(家事事件手続法85条1項)。

家庭裁判所の審判に対する即時抗告申立期間は,2週間です(家事事件手続法86条1項)。

では,高等裁判所が家庭裁判所の審判に対する即時抗告につき決定を出した場合,いつまでに手続を取る必要があり,その手続ではどのような効果が生じるのでしょうか。

高等裁判所の家事審判事件についての決定に対しては,その裁判に憲法の解釈の誤りがあることその他憲法の違反があることを理由とするときに,最高裁判所に特に抗告をすることができると定められています(特別抗告,家事事件手続法94条1項)。

一般民事事件おける上告期間は2週間ですが(民事訴訟法313条,285条),家事審判事件については特別の規定が置かれています。

そして特別抗告についての規定である家事事件手続法96条2項では,民事訴訟法336条2項が準用されています。

具体的には,民訴法第325条第1項前段(上告裁判所による原判決の破棄差戻し等),同条第2項(決定に影響を及ぼす明らかな法令の違反がある場合における最高裁判所による原判決の破棄差戻し等),同条第3項後段(差戻しまたは移送を受けた裁判所が裁判をする場合における上告裁判所がした判断の拘束力)および同条第4項(原判決に関与した裁判官の排除),第326条(上告裁判所による破棄自判)ならびに第336条第2項(特別抗告の期間)の各規定の趣旨は,家事審判の手続における特別抗告審の手続にも妥当することから,家事審判の特別抗告についてこれらの規定を準用することとされています。

したがって,特別抗告は, 5日の不変期間内(家事事件手続法96条2項において準用する民訴法第336条第2項)にしなければなりません(逐条解説 家事事件手続法317ページ)。

さらに,特別抗告についての効果も,一般民事事件おける上告とは異なります。

一般民事事件においては,上告されると判決は未確定のままです。

しかし,特別抗告は,特別の不服申立て手段であること,家事審判の手続における迅速処理の要請が強いことから,家事事件手続法95条1項本文では,特別抗告に執行停上の効力を認めないこととしています。

また,家事事件手続法74条5項は「審判の確定は、前項の期間内にした即時抗告の提起により、遮断される。」と明示されており,即時抗告ができない高裁の決定に対する不服申立には確定遮断効がない,ということになります。

執行停止の効力が原則としてありませんので,執行停止が例外的に認められる場合(家事事件手続法95条1項但書)を除き,高等裁判所の決定が出されて決定の送達がされれば強制執行が可能となります。

つまり家事審判事件では高等裁判所の決定で本執行が可能になる(一般民事事件では,未確定の判決に基づき仮執行ができる場合はありますが,本執行は確定までできない)点で,一般民事事件とは大きな違いがあるということになります。

農地の売買契約における消滅時効はいつから何年か(結論:農地法の許可申請協力請求権は契約時から5年ないし10年,売買代金の返還請求は私見だと代金引渡日から5年ないし10年)

農地につき,所有権移転を完成させるためには農地法に基づく許可が必要になります(農地法3~5条)。

そのため,当事者間で先に売買契約を締結して,条件付所有権移転仮登記を登記し,農地法に基づく許可が得られたことを停止条件として売買が完成するという手法がとられることがあります。

日本におけるバブル崩壊前は,不動産が値上がりしていたので,農地について売買契約が締結されていたことがかなりあったようです。既にバブル崩壊から20年以上が経過していて,売買契約および仮登記から30年以上経過した事例も見受けられます。

このような農地の売買契約における許可申請協力請求権につき,判例では農地の所有権移転に伴う請求権ではなく売買契約に伴う債権的請求権であるため契約締結の日から10年で消滅時効が完成すると判断されています(最高裁判決昭和50年4月11日,他ブログで1日とあるのは日にちの誤り,農地法の実務解説 〔三訂版〕)141ページ)。

つまり,改正前民法下において締結された契約の場合,契約から10年経過すれば,売主は許可申請協力請求権が時効により消滅したと主張することが可能になります。

なお改正後民法の下で契約された場合には,消滅時効の期間は5年(166条1項1号)になるでしょう。

ただし,契約やその後の経緯等に照らして許可申請協力請求権についての消滅時効の援用が信義則違反となる場合もあります(最高裁判決昭和51年5月25日)。

では,許可申請協力請求権について消滅時効を売主が援用したとき,農地の売買契約と既に支払った売買代金はどうなるのでしょうか。

まず,農地法3条7項により,許可のない農地売買は無効と定められています(逐条解説 農地法 〔改訂版〕59ページ)。

そうすると,そもそも売買契約は契約当初から無効で,許可が得られた場合にのみ有効になる契約ということになります。

無効の契約に基づき売買代金を買主が売主に支払っているため,売買代金支払について法律上の原因がないことから,不当利得(民法703条)にあたります。

では,許可申請協力請求権についての消滅時効の援用をした売主に対して,買主は不当利得にあたるとして売買代金の返還を求めることができるのか,できるとしてその返還請求は認められるのでしょうか(消滅時効にかからないのか)。

このあたり,単に「売買代金の返還が問題になる」とあいまいな表現をしているものはあるようですが,売買契約から相当期間が経過した後に売主からの返還請求が認められるかについて,はっきりと説明した書籍やインターネット上の言説はないように思います。

もし許可申請協力請求権について消滅時効を売主が援用したことで売買契約が履行不能になり,債務不履行が援用時点で確定し,売買契約が取消になったのであれば,取消の時点が不当利得に基づく返還請求権の起算点となります。

しかし,農地の場合はそもそも許可のない売買契約は無効の契約です。

つまり,有効な売買契約が取消になった場合とは異なります。

売買契約が当初から無効であるとすれば,売買代金を買主が売主に渡した時点から,売買代金について不当利得返還請求に基づく返還請求をすることが可能です。

このように考えると,売買代金の消滅時効の起算点は,売買代金の引渡時と考えることができます。

そのため,売主は売買代金の引渡時から改正前民法では10年経過,改正後民法の下での契約ならば5年経過により,不当利得返還請求権について消滅時効の援用ができると考えられます(私見)。

取消と無効で何が違うのかというと,例えば売買契約から30年が経過して売主が許可申請協力請求権について消滅時効を援用した場合,取消と考えると許可申請協力請求権について消滅時効を援用した時点が売買代金についての不当利得返還請求権の消滅時効の起算点となるため,売主には売買代金の返還義務が生じてしまうことになります。

しかし,前述のように売買契約が当初から無効であったとすると,売買代金についての不当利得返還請求権の消滅時効も既に完成していますから,消滅時効の援用により売買代金の返還義務がなくなるという結果になります。

時効の起算点をいつにするかということも法律論としてはなかなかやっかいなところで,事案ごとに事実を整理して法的分析をすることが欠かせません。単純に見えるような制度も意外な落とし穴があったりしますので,法律問題についてはきちんと弁護士に相談されることをおすすめします。

不法行為に基づく損害賠償債権を相殺契約における受働債権とできるか(結論:既に発生している不法行為による損害賠償債権の場合は可能)

民法509条は,

「次に掲げる債務の債務者は,相殺をもって債権者に対抗することができない。ただし,その債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは,この限りでない。
一 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務
二 人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(前号に掲げるものを除く。)」

と,不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止を定めています。

相殺は相殺権者による単独行為ですが,どんな場合であっても不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とすることはできないのでしょうか。

すでに発生している不法行為による損害賠償償権について,債権者と債務者が相殺契約を結ぶことは差し支えないと考えられています。不法行為による損害賠償債権もこれを自働債権とする相殺が許されるように,被害者たる債権者の意思に反しない限り相殺を認めてよいからです。同様に,双方とも不法行為による損害賠償債権である場合,単独行為としての相殺は禁止されますが,相殺契約は締結できます。

この点判例は「不法行為二因ル債務ノ相殺ヲ以テ債権者二対抗スルコトヲ得サルハ民法第509条ノ規定スル所ナリト雖モ,当事者ノ契約ヲ以テ之ヲ約スルハ法律ノ禁スル所ニ非ス」と判示しています(大判大1・12・16民録18・1038,注釈民法 12 債権 3 434ページ)。

実務上でも,交通事故等で双方に過失がある場合,双方の損害額に過失割合を乗じて算出した賠償金につき,双方が支払いをするのではなく(いわゆるクロス払い),より少額の賠償金を相殺(控除)して残額を支払うことが一般的に行われています(いわゆる相殺払い)。

この相殺払いの相殺部分は,詳しく法的性質を分析すると既に発生している不法行為による損害賠償債権を受働債権として相殺契約を締結したものと解されます。

しかしながら,将来発生するかも知れない不法行為に基づく損害賠償債権につき予め相殺契約ないし相殺予約をなすことは509条の潜脱となり,許されないと考えられます。

借地契約終了時の立退料の算定はどのように行うのか(結論:借地権価格を基準に諸事情を加味)

土地の所有者から,土地を貸している借地人に対して借地契約の解除申し入れをした際,立退料の支払いを求められることがあります。

では,立退料はどの程度の金額が妥当なのか,またどのように算定するものなのでしょうか。

立退料の算定方法は,事案ごとに必ずしも同じではありません。

更地価格に借地権割合を乗じた借地権価格を基準とするもの(東京地判昭56.4.28判時1015-90,東京地判昭59.12.21判タ553185,東京地判昭62.3.23判時1260-24,東京地判平2.425)が多く,営業補償,建物価格,移転に伴う精神的苦痛に対する補償,さらには移転実費(運送費,荷造費,動産損料,移転通知費等)なども立退料の内容になります。

借地権設定者が立退料の提供等を申し出たか否か,その金額等が考慮されます。

立退料の金額については,双方の必要性の程度や借地期間等によって異なることになります。また,当該土地をどのように利用しているかによっても異なります。

一般的にいえば,業務用借地のほうが居住用借地よりも立退料の金額は高くなると思われます。

現実の裁判では,当事者双方に存する諸事情を考慮してケース・バイ・ケースで決められることになります。

なお裁判所は,借地権設定者の申出額と特段に相違しない範囲内で,申出額を超える立退料の提供を命ずることができますが,申出額を下回る立退料の提供を命ずることは許されません(民訴246条,コンメンタール借地借家法44ページ)。